おせち料理は創造の玉手箱

 今日は、お正月も終わり、成人式ですね。

 

 今の成人は90年代後半の生まれですから物心ついたときにはパソコンやインターネットがあったデジタル・ネイティブ。皆さまのお子さまも物心ついたときには、お父様、お母様のスマホをいじってゲームをしたり、LINEをしたりしていませんか。

 

 スマホがあるとあらゆる情報が瞬時に手に入り、何かをしたり、どこかに行きたい時にはとても便利ですよね。最近は、AIスピーカーに質問したり、リクエストすると様々なことに答えてくれます。明確にしたいことを実行したり、膨大な情報の中から、自分の知りたいことを要領よく知るためには素晴らしいツールだと思います。

 

 大人は必要な情報を得ることで十分かもしれませんが、子ども達は「知っている」だけで終わってしまうのではなく、実際の「体験」を伴う事が大切なのではないでしょうか。

 「楽しい!、面白い!でも、なぜ?、どうして?」と思うような体験と「もっと知りたい、何かしてみたい」という気持ちが合わさることで、自分で考えたり手を動かして書いたり、作ったりという創造的な活動につながっていくからなのです。

 「原体験」という言葉があるように、お子さまが小さい頃の体験は、将来の人生に大きな影響を与えることもあるので、どのような体験をさせてあげるかが大切だと思います。

 

 ちなみに、年末年始、皆さまは、お子さまとどんなことを一緒にされたでしょうか? 

餅つき、おせち料理やお雑煮を食べたり、初日の出や獅子舞いを見たり、初詣、凧あげ、福笑い、羽子板といった伝統行事の体験でしたか?それとも初売りのお買い物でしたか?

 

 伝統行事の体験は、おススメです。それは、お受験で聞かれるから、日本の行事であるからという理由だけではありません。一つひとつの物、形、行いにさまざまな意味が込められているからです。地域や親の出身地によっても違っています。それがお子さまの沢山の「なぜ、どうして」につながる体験だからです。また、遊びを通して、親の体験を伝えたり、一緒に創意工夫をする機会があるからです。

 

 ミサミサ先生の場合は、母親が作るおせち料理を通じて、それぞれの料理の意味や、心を込め手間をかけて作ることの大切さを学んでいたようです。例えば、美しい菊花かぶの切り方、黒豆を煮る時に使う錆びた鉄クギ、材料によって一つひとつ下拵えや煮方が異なるお煮しめなど。でも、小さなミサミサ先生にとっては、包丁はねん土べらであり、まな板はねん土板、食材は色とりどりのねん土。だから、おせち料理は、食べられる玉手箱(芸術作品)だったのです。ミサミサ先生が時々見た目も味もミラクルに美味しい料理を作るのは、このような「原体験」があったからかもしれません。「お料理は私の毎日の創作活動なの」と言っているのは、ある意味なっとくしてしまいます。

 

 僕が小学生の頃、アメリカ製の三角凧(ゲイラカイト)が登場し、それまでの和凧に比べた圧倒的な飛び方に誰もが驚き、親にねだって買ってもらいました。でも木に引っ掛けて回収できなくなってもすぐにまた買ってもらえる様な品物ではなかったので、自分で作ることを思いつきました。和凧との違いを調べたり、凧を飛ばすのための「重心」というものを知ったり、周りにある軽い材料を探し、習字用の紙、竹ひごなどを使って一生懸命組み立てたました。技術的なことは親や祖父に聞くか図鑑などで調べるしかありませんでしたので、知識・ノウハウ(お小遣いも)不足でほとんどが失敗でした。でも、自分で考えたり、色々な材料の特徴や物のしくみを学ぶのにはとても良い機会になりましたし、ものづくりにとても興味を持つようになりました。

 ミサミサ先生は、伝統料理を通じて、僕は遊びを通じてそれぞれものづくりに興味を持ったのです。

 

 すぐに情報が入手できないため自分で試行錯誤した時代は、創造という視点では豊かな時代だったのかもしれません。ネットで調べた情報でレポートを纏めることが得意と言われる若者たち、今年の成人たちは果たしてどれだけの「体験」を伴った「情報(知識)」を持っているのでしょうか。

 

 お正月は終わってしまいましたが、もうすぐ節分。なぜ、鬼、豆まき、恵方巻なのか、お子さまとお話しても、一緒に鬼のお面を作ってもいいと思います。せっかくある日本の行事ですから良い「体験」になるよう取り組んでみてくださいね。

 

2018.1.8 タクタク